社会人から看護師になるには?准看護師と正看護師の違いと看護師になるために必要なこと

社会人が看護師になるには

社会人から看護師になるには?准看護師と正看護師の違いと看護師になるために必要なこと

■持っていて損はない、看護師の資格

今の不安定な時代、決して持っていて損が無い邪魔にならないのが看護師の資格ではないでしょうか。看護学校を卒業すれば、年齢や性別に関係なく幅広い場所で活躍することが出来ます。

診療所、病院、福祉関係の施設、企業等数え上げたら切りがありませんが、特に病院では看護師不足で深刻なためかなりの厚待遇で勤務出来ると思います。

独身の方であれば、フルタイム勤務や夜勤を行うことでがっつり稼げますし、例え結婚しても短時間のパート勤務に変更したり、派遣会社へ登録すれば自分の好きな曜日や時間帯を自由に選んで働けます。

仕事の内容は勤務先で変わりますが、あまり忙しくない方が良ければ診療所、たくさんの患者さんと関わり、経験を数多く積んで行きたい場合は病院と言った選択肢もあります。

どちらが良いと言うことは言えませんが、自分自身の性格を良く分析して見ると答えが出て来ると思います。例えは、人間関係が得意な人は病院と言った大きな組織で働くのは苦にはならないと思います。

でも、あまり人間関係が得意ではないと言うタイプなら、診療所等のこじんまりとした職場の方が良いのかも知れません。どうしても病院等だと、たくさんの人がいるので人間関係もややこしくなる可能性も考えられます。

でも、根本的には患者さんを助けたいと言う志で看護師になっているわけで、医師と共に日々患者さんに向き合っている、人の命を預かっていると言った責任感はありますが、非常に大切な役割を担った素晴らしい職業なのではないでしょうか。

■社会人が看護師になる方法

20代はもちろんですが、30代・40代になって看護師を目指す方は多いです。いまOLとして働いている人、子供が大きくなったシングルマザーでもやる気さえあれば、看護師になることは十分可能です。

私の友人のシングルマザーも30代後半になって、アルバイトをしながら看護師の専門学校に通い、年齢が半分くらいの子らと一緒に学んだ結果、看護師の資格を得ました。

しかし、看護師になるには、最低でも3年間、看護学校に通う必要があります。

①看護専門学校・看護大学(一般入試)→ 国家試験合格
②看護専門学校・看護大学(社会人入試)→ 国家試験合格

看護師になるメリットは、一般的な職業(OLなど)と比較すると給料が良い、日本全国いつでもどこでも働くことができる、年をとっても働ける、給与が良いなどが挙げられます。病院・クリニックだけでなく、献血センター、老人ホーム、訪問看護など今後も需要があり、またやりがいを持って働くことが可能な職業です。

看護師の職業のメリット

学費のことが心配な場合は、県立、市立などの学費が安い看護専門学校や奨学金の出る看護学校(大学、短期大学、専門学校)を調べて、要項を取り寄せるとよいでしょう。

学費の目安は以下の通りです。

・私立看護大学(4年生) 500万以上
・国公立看護専門学校(4年生) 200万前後
・私立看護大学 300万前後
・私立看護専門学校 200万~300万前後
・国公立看護専門学校 0~150万前後
・准看護師養成所 100万~200万前後

(看護学校の学費の事を知りたい 年間どれ位?安い学校は?他に費用は?より引用)

■准看護師から正看護師になる方法

准看護師が正看護師と比較して不満な点としてよくあげられるのが、実際の看護業務がほぼ同じである(明確には違いがある)にも関わらず、収入や待遇面で大きな差があるということです。

実際に正看護師と准看護師では、年収ベースで約100万円の収入差があります。収入差については、病院の診療報酬の「看護加算」の有無も多少関係していますが、役職においても、同じ能力であれば正看護師の方が上の役職に就くことがほとんどです。

街のクリニックでは准看護師も多く採用されていますが、総合病院などで収入アップ、キャリアアップしたいというのであれば、正看護師の方が間違いなく有利でしょう。

准看護師から正看護師になる方法は以下の通りです。

①全日制2年の看護専門学校 → 国家試験合格
②定時制3年の看護専門学校 → 国家試験合格
③経験年数10年以上の准看護師 → 2年間の通信教育(看護専修学校) → 国家試験合格
(2018年度入学者から経験年数7年に短縮 → 詳細

◎会社勤務から看護師の道へ

看護師は、何も高校を卒業してからすぐに看護学校に通う人ばかりではなくて、近頃では1度一般企業に就職をした後に新たに看護師を目指す人が増加しているそうです。

この背景には、景気の悪化による雇用の不安や収入の減少であったり、又はやりがいや生き甲斐のある仕事を求めて看護師へ転職するとも考えられます。

その年齢層も幅広くて、20代だけではなく30代以降の人にも人気が年々高まっているようです。確かに、看護師の資格を1度取得してしまえば、一生涯に渡って仕事が出来ます。

でも、高校卒業後だったらそのまま進学と言うスムーズな流れが出来るけど、1度会社に勤務したのでどのような形で看護師になれるのかと疑問に思う人もいます。

看護師になるためには、まず看護学校へ通わなくてはなりませんが、3年制の国家資格である正看護師か2年制の県が認定する准看護師かを選択します。

そして、県や市町村等で運営をしている看護学校か、病院付属の学校へ行きます。

県等の看護学校の学費はリーズナブルに設定されているので、あまりお金をかけないで看護師になりたい人にとってはありがたい場所です。

それから、病院付属の学校の場合は奨学金制度がある所も多く、これを利用すればそれほどお金もかからないと思います。

ただ、この奨学金制度には条件があって、看護学校を卒業して3年間はその病院に勤務しなくては行けない場合が多いそうです。

どちらが良いのかは個人の問題ですが、あまり縛られたくない人は県等で運営する看護学校をオススメします。

◎社会人から看護師へ(体験談)

わたしは会社員として社会人生活を送り、33歳の時に看護学校に入り35歳の時に看護師になりました。看護学校は比較的30代の同期も多く辛い実習もなんとか乗り越えることができました。

そうして始まった看護師生活。転職も何度かしているし、年下の先輩に指導されることも看護学校で経験したし、新しい職場にもなじめるだろう、そう思っていました。

でも、わたしの看護師のスタートはほろ苦いものでした。配属された病棟は人間関係も雰囲気もいいと言われている病棟でした。

実際、先輩たちも優しい人が多かったと思います。でも、一回り以上も年上の新人はやっぱり扱いづらかったんだと思います。

同期と同じように接してほしいのに、敬語で話される、距離をおかれる(ように感じていました。)のはちょっと辛かったですね。

ほかにもとまどったのが会社員の頃の仕事の進め方と看護師の仕事の進め方の違いでした。

会社員の頃は、あるスパンの中で仕事を終えればいいので、ある程度自分のペースで仕事を進めることができました。

でも、看護師はその日の自分の勤務のうちに仕事を終えなくてはいけません。しかも、患者さんのペースで仕事が進むので、突発的なことが起きる、起きる。

自分のペースでは仕事をさせてもらえません。ただでさえ仕事ができない新人の頃はそれでパニックになってしまうことがよくありました。

終了時間間近になっても仕事が終わらない、それで患者さんや先輩に迷惑をかけてしまう。落ち込む毎日でした。

何よりも辛かったのが仕事のミスでした。わたしは自分で言うのもなんですが要領は悪くないほうでした。

でも一方で慎重に仕事を進めるということに欠けていました。そのため、他の同期にくらべてもミスが多かったです。

そのたびに振り返りもしました。なんでこんなケアレスミスをしてしまうんだ、と何度も何度も落ち込みました。その中でも大きなミスは患者さんの取り違いでした。

本来採血すべき患者さんとは別の患者さんの採血をしてしまったのです。

その日の業務が終わってからそのことに気づき、職場に報告。幸いなことに採血結果に対して新たな投薬や治療がなされることはなく、取り返しのつかない事態は避けられました。

間違いに気づいた時、体の震えがとまりませんでした。看護師は人の命を預かる職業だ、ということを改めて思いました。

自分のミスが取り返しのつかないことに繋がることを強く実感しました。他の職業では経験したことのないプレッシャーでした。

看護師として働いて6年目になりました。

毎年入ってくる新人さんたちを見ていると、わたしが新人の頃経験したのと同じようなところでつまづきます。

でも、それってそこを乗り越えないといけないことなので、必要なことなんですよね。看護師というか病院という社会はやっぱり独特です。

人の命を預かる仕事ならではのプレッシャー、それは5年たった今でもひしひしと感じています。

◎CAから看護師へ転職(体験談)

看護師歴5年です。看護学校を出て、客室乗務員になりましたがやはり看護師の夢が捨てきれず、客室乗務員を辞めて1年後、看護師になりました。

そこからまずは地元の山口県のクリニックで看護師をしていました。毎日顔馴染みのお年寄りの患者さんが多く、皆さんとても可愛がってくれて、時にはお家で採れた野菜や果物などを持ってきてくれたり、親戚のような感じでアットホームな環境でした。

ただ、本当にローカルでこじんまりとしていたので、一度都会に出て戻ってきた身としては、やはり若いうちはもう少し都会に出たいなぁという気持ちになってしまいました。

そしてそのクリニックでは4年間お世話になったのですが、去年大阪に出てきて、少し大きめの病院で働き出しました。

ここは本当に忙しくて、先生はテレビにも引っ張りだこなのでそれを見た方も次から次へとどんどんやってきます。

しかも、府下の病院では健康診断を安く受けられるとあって、健康診断受診の患者さんがたくさんいらっしゃいます。

特に月曜の受付はてんてこ舞いですし、待合室では患者さんがひしめき合っています。

ローカルでのーんびりして、時には患者さんとお茶をすすったり、お孫さんのお話を聞いたりしていた地元のクリニックの生活とは大違いです。本当に忙しいです。

でも、なんだかやり甲斐があります。一人一人がしっかり仕事をしないと仕事が回らないので、様々な技量と責任感が必要となります。

もっと年がいけば地元ののんびり環境で仕事をするのもいいですが、やはり今はもう少し、このてんてこ舞いハードだけれど、帰宅したら達成感でいっぱいの、この生活を味わっていたいです。

◎専業主婦から看護師に転職(体験談)

実は私は結婚をしてから看護師の免許を取りました。なぜに、看護師の免許を取ったのかと言いますと、実はヒマだったからなのですよね。

旦那の転勤について田舎へと引っ越していったのはいいものの、自分がやりたい仕事はないし、かといって何か趣味の活動をする気持ちにもなれないし…。

そしてやっぱり、充実感を得るために「働きたい!」ということで、里帰りして看護師の専門学校に通いました。なぜに看護師なのかと言いますと、やはり田舎暮らしにて「看護師の資格って強いな?」と思ったからです。

看護師は都会はもちろん田舎はどこに行っても、たいてい求人が出ていますし、なおかつお給料は悪くはないと来ていますからね。いやもう、むしろ田舎の方がお給料が高めだというぐらいに。

ですから、趣味のために大学に通い直すよりも、ちょっと興味のある看護師の学校に行こうなどと思ったのです。そして、旦那さんが理解あり協力的な人でしたので、里帰りして平日は看護師の専門学校に通っていました。

そして2年間の後に試験を受けて、晴れて看護師になったわけです。最初の就職は、学校の紹介もあって旦那の勤務地の総合病院に決まりましたね。ここでの経験は割愛させて頂きますけれど、総合病院勤めでかなりタフになりました。

そしてその後は旦那の転勤について、現在までに4回の転職を繰り返しています。転職理由は「引っ越し」ですので、退職の意志の伝えやすさはありますよね。と、言いますか、採用面接時に事情は説明していますので、そのことを踏まえて採用してもらえますので気持ちは楽です。

なりたい看護師像はやっぱりタフな看護師さんですね。精神的にタフではないと続いていかないと思います。そして「あまり気にしない」精神力といったところでしょうか。

転職経験から得たものとして、看護師の職場だからどうのというよりも、職場によって当り外れはあるのでそこの職場の看護師の仕事が全てだと思い込まないようにということでしょう。

それに、看護師はたいていどこの病院ないし施設でも、採用は面接試験だけだったりするので気持ちの上でラクチンですね。これが筆記試験が加わっていましたら、新しい土地で気軽に看護師求人に応募したりはできていないと思いますので。

◎准看護師になって(体験談)

私は手に職を付けて安定した仕事をしようと思い転職を決めました。そこで私が選んだのが准看護士です。

看護師は資格がいるのですが、准看護士は看護師さんのサポート等を行うお仕事なので、無資格でも働けるということで勉強しながら挑戦してみようと医療界へ飛び込みました。

医療のお仕事は全くの未経験だったため、右も左もわからない感じではじめのほうは探り探りで日々お仕事をこなしていました。

私は普通病棟で働いていましたが、准看護士の主な仕事は、入院している患者さんの様子を伺ったりお話を聞いたり、看護師さんが患者さんへ行う医療業務の補助などです。

私は未経験だったため、すぐに現場へ入るのが怖かったし不安もありましたので、病院が随時開催している研修会へ参加をしました。

そこでは医療への心構えや、患者さんとの関係性や病気のことなど詳しく教えてもらい約1ヶ月研修をして頂きました。

その後は無事に現場へ入り准看護士として働いておりましたが、やはり人と人との医療のお仕事になりますので会話の中でも患者さんが不安になることは言ってはならないし、失敗のできない現場になるので毎日ドキドキして職務をこなしていました。

しかし、ある日先輩の看護師さんからもう少し肩の力抜いても大丈夫だよと言われ気が入りすぎていて周りに目が届かない事が多々ありました。

ですが、環境がよかったおかけで話を聞いてくださる看護師さんもいましたので、自分らしさを出して今は懸命に職務をこなしています。

やはり何年だっても緊張などはありますが、患者さんにありがとうと言われたときは、この仕事を選んでよかったと感じる一瞬なので、私の天職なのだと感じています。

◎准看から正看へ(体験談)

准看護師免許で勤務していた時の事を書かせてください。

将来的にも正看護師を取得して、助産師として勤務したいと考えていたときのことです。

いつもの勤務を終えてから、正看護師の免許取得のために看護学校に行っていました。

かなり、時間的にも体力的にもきつくこのまま仕事を継続しながらで正看護師免許を取得することはできるのか?と本気で悩みに直面しました。

ですが、基本的にこの看護師という職種が好きでした。

この「好き」ということが救いでした。

とても心身共にきつく、限界を感じながらの正看護師免許取得の道のりでしたが、幸いにも当時勤務していたICUの先輩看護師さんが、自分と同じ道をたどっていた先輩でしたので、大変さをご理解してくださり、共感してくれたことがとても強い力になりました。

振り返ると、この先輩の存在があったことで、きっと正看護師の試験に合格できたといっても過言ではありません。

そして、まず正看護師免許を取得したことで、とても自信につながりました。

シフト性の勤務をやりこなしながらの、正看護師の国家試験合格という自分としては快挙を成し遂げたと思っています。

悩みを乗り越えて!そんな気持ちになりました。

この体験から、自信がついてやればできると感じる様になり、現在は初心貫徹で助産師という立場で念願の職場を勝ち取ることが出来ました。この体験から、今は出産に臨む妊産婦さんの介助ができる喜びの中勤務させていただいております。

◎准看から正看になった先輩

私の尊敬する先輩は、准看護師を15年経験した後に、勉強し直して学校に入り、正看護師になった先輩です。

私が先輩と同じ職場になった時には、既に正看だったために、先輩が過去に准看護師であったことは知りませんでした。でもある時、あの先輩の前では准看護師の話は禁句だということを言われたのです。

先輩は准看護師で働き始めて、すぐに結婚、その後子供も3人恵まれたために、産休、育休などでずっと継続して働くことができなかったそうです。

仕事はとてもよく出来る人だったために、病棟では先生の信頼も厚く、ほかの看護師からも頼りにされていたそうです。その先輩が持つのはやはり正看護師ではないという悩み。仕事が出来てもやはり資格の違いがあるので、給料にも差が出てきます。

そしてもし、認定看護師や専門看護師を目指したい場合、そして主任、師長にステップアップしたいときにも、准看護師という資格が邪魔をしていたと言います。

離婚してシングルマザーとなり、子供を抱えて正看護師を目指すことはとても難しかったのでしょう。なかなか正看護師を目指すことができませんでした。

しかし、ある時、病院から正看護師になりたい人を補助するという制度ができたのです。もちろんこの制度を受けたら、資格を取ったあとには病院に戻ってこなくてはいけません。

しかし、先輩はこの制度に応募し、見事正看の学校に入ることができ、正看護師の資格を得ることができたたです。

私はこの話を聞いて、何にも言わないけれど、凄く努力家だし、仕事の責任感は強いし、やっぱり尊敬できる先輩だなといつも思っています。

◎看護師の仕事の大変なところ

看護師になりたい理由や、こんな看護師になりたい、という夢や理想は人それぞれと思います。

手に職を持ちたい、安定した収入を得たい、就職しやすいなどの理由の方ももちろんいると思いますが、看護の仕事に崇高な夢を持っている方が多いです。

病気や怪我の患者さんのためになりたい、人の役に立ちたいといった想いです。まさに「白衣の天使」のイメージです。憧れの職業につき、患者さんのためにがんばろうと看護師生活が始まります。

しかし実際病院で働き始めると、理想と現実のギャップに悩む時があります。学生時代に学ぶことは解剖学、生理学をはじめ、病気の各論など看護の専門的な知識です。

しかし働くとなると、看護の仕事ばかり行うわけではありません。事務的な作業や業務もたくさんあります。

まず、さまざまな書類の手続きなどです。例えば患者さんが入院してきた時、患者さんの血圧を測ったり点滴をしたりするのがいわゆる「看護」の仕事です。

それ以外に、入院時に患者さんに書いてもらう入院申込書の説明や、個室代の説明、付き添いが必要ならばその書類の説明などです。病院内の設備の説明もします。

手術を受ける場合は、手術や輸血の同意書、手術後に必要なものや面会についての書類の説明があります。このような書類関係の受け渡し、説明には結構時間がかかります。

最近は病棟内にもクラークが配置され、このような事務手続きを代行してくれるところもありますが、規模の大きくない病院では看護師が全て行っています。

10~15年くらい前から、医療事故に対する取り組みが全国的に強化されました。投薬の間違い、患者さんの間違いなどを防ぐために、さまざまなチェック体制の強化が図られています。

処置のやり忘れなどの防止策もとられています。患者さんは間違いないか、薬は合っているか、確認作業が2度3度行われます。処置が指示通り行われたか、書類や複数人での確認を行ったりします。安全のために必要な作業ですが、確認作業にはかなりの時間がかかります。

最近は電子カルテ化が進んでいます。パソコンでさまざまな情報を入力し、院内で情報の共有がしやすくなっています。電子カルテで便利になったこともある一方、あらゆることを電子カルテに入力せねばならず、カルテ入力時間もたくさんかかります。

以上のことから、患者さんとお話をするとか、患者さんの悩みや不安に耳を傾けるといった時間がなかなか取れない現実があります。看護師の仕事の大変なところです。

「患者さんの不安に向き合いたい」「気持ちを楽にしてあげたい」といったことが出来ず、日々の業務に追われ、理想と現実のギャップに悩む看護師も出てきます。

しかし、こうした理想とギャップがありながらも、日々看護師としてのやりがいを感じる出来事も多く出てくるのも現実です。

◎ホテル勤務から看護師に転職(体験談)

母子家庭で育った私は高校生の頃からアルバイトをしていて接客業にも慣れており、高校卒業後すぐホテルの仕事をしていました。

ずっとディズニーランドの近くのホテルで働く事を目指して日々勉強しながら地元のホテルで経験を積んで三年後念願の職場で働く事6年。

なんだかんだで周りはどんどん結婚、出産をしていくなかでたまーに彼氏が出来ては続かない自分。

正直将来に不安を感じていました。女で一人で育ててくれた母親は私が小さい頃に離婚していて看護師をしながら育ててくれました。

このまま一生独身で、もし結婚しても離婚して一人になったらと考えると一生一人でも生きて行ける仕事についたほうが良いのではと思いきって看護師になることを決めました。

看護学校では思った以上に大変で勉強、実習に追い詰められるうえにとにかく人間関係に神経を使う毎日でした。

女性ばかりの世界はとにかく大変でグループを作ってはリーダーが各グループに存在して弱いグループをどんどんいじめて吸収し、強い人がいるグループがどんどん大きな軍団になりすぐ誰かをいじめて仲間はずれにするのです。

私もかなり被害に遭い正直やめたいと何度も思いました。でもここだけの付き合いだと言い聞かせ頑張りました。

看護師になると病院へ配属されました。

毎日ベッドの交換オムツの交換、書類の整理、注射、点滴交換などなど新人とはいえやる事だらけで毎日あっとゆうまですが手に職がついた事は一生の宝物です。

◎民間企業から看護師に転職した理由

(40代前半/女性)

私は、民間企業勤務から失業知らずになる為に看護師になりました。

高校時代は、マスコミ等で看護師なんてキツイ、汚い、安いと言われた業界でした。その為 看護師には絶対になりたくないと思い民間企業に就職する為に大学に進学しました。

皮肉な事に大学三回生の時に阪神大震災が起こりました。関西に住む私には就職難を加速させて苦しい就職活動になりました。

何とか金融機関に就職できたものの日本は不景気真っ只中で金融機関も破綻したり安定した物ではないと思い始めました。

安定した失業知らずになりたくないと模索して看護師なら失業知らずになれると思い看護師になりました。

まずは民間企業に勤務しながら休日を利用して休日の前日の夜から特養に夜間専門で働きました。そしてリーマンショックが起こり日本経済は更に悪化をしましたので民間企業から特養に看護師に転職しました。

特養1年、有料福祉施設7年勤務しました。転職回数は二回です。

特養に1年しかいませんでしたが退職理由は、特養に欠陥があったわけではありませんでした。知人に知人の会社を手伝って欲しいと言われましたので手伝う為に退職しました。

有料福祉施設は、人手不足ですので面接に来た人の希望を聞いて採用してました。

子育てしてる主婦は、特に程度が悪くてシフトを乱しました。その為 看護師も業務量も増えて安心な看護ができる環境ではないので退職しました。

目指すは安全な優しい看護です。

人手不足でバタバタしてたら手抜きをしないとならず それは私のポリシーに反します。だから有料福祉施設を退職しました。

看護は、女性が多い職場です。

勤務先によってはイジメがある場合もあります。イジメに遭遇しても自分に原因がない事が大半です。自分との戦いの場合もあります。女性が多い職場ですので様々な事がありますが それを耐え抜く力もつきます。

特養は、陰険な職場でしたが自分がつぶれない物の考え方をする習慣がつきました。

有料福祉施設は、温厚な人が多く働き安い職場でした。助け合いが強い職場でしたので仲間に対する労り等を学びました。

面接では自分が目指す看護師像を話せば大半採用されます。

これから転職活動をするなら人手不足な職場が大半ですのでスピードも問われます。

どの程度のスピード感があるかを面接で話すのも好感持たれます。

◎准看から正看へのステップアップで職場もステップアップ

社会人からの一念発起。看護師目指して勉強し、医師会主催の看護高等専修学校へ入学しました。

准看護学校では入学と同時に、病院で看護助手として働くように先生に言われました。

看護および介護の知識もなく、右も左も分からないのに、私は言われるまま自宅そばの病院で看護助手として働きだしました。

そこで私は奨学金を貰うことになりました。学校に通い奨学金を貰っていた年数分を卒業後に働けば、奨学金は返納無用という条件のものです。

このような奨学金制度を利用していた学友は沢山いました。

2年生の准看護学校の一年目は週6で午前中は仕事、午後から学校の生活。2年目は実習が始まるので週5で病院実習、土曜日は1日仕事という過酷な生活でした。

しかし、その過酷な生活を働いていた病院の看護部長、師長、看護師や介護士さん達がいつも応援してくれました。

勉強についてはもちろんですが、全員から言われていたことは准看だけでなく正看の資格をとりなさい。時間を空けず、できればこのまま進学しなさい。

辛い毎日でしたが、やればやるほど看護の面白さを感じていた私は、幸運にもそのまま正看の学校へ進学することができました。

正看の学校は准看護師の資格を持つ人が入学しているので、キャリアや年齢が全く違うクラスメイト達との時間はとても刺激になり充実した学生生活が過ごせました。

働いていた病院では准看護師の資格がとれたため、同じ病棟でも白衣を着て准看護師として働かせてもらえるようになりました。

正看の学校は丸1日だったので、病院での仕事は週末および長期の休みのみになっていました。

それでも変わらず周囲のスタッフは正看護師になれるよう応援してくれ、とてもありがたい環境でした。

学校も残り1年になると、資格取得後の進路についてアドバイスを頂きました。

「ここの病院はいつでも帰ってこれるわよ。若いうちは、もっと大きな病院で沢山の勉強と経験を積んだ方がいい。」と看護部長までもが言ってくれました。

仕事のキャリアの積み方や現実的な給料の差など、自分たちがこうすればよかった。本当はこうしたかったんだという事を、母が娘に託すかのように皆アドバイスをしてくれました。

こうしてお世話になった病院へは奨学金を返納し、私は正看護師として新しい病院で新卒(卒1)として勤務することになりました。

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